2015年1月8日木曜日

新約聖書 コリント前書 12.31-13.13

而して我さらに善き道を示さん。たとひ我もろもろの国人の言および御使の言を語るとも、愛なくば鳴る鐘や響く鐃鈸の如し。仮令われ預言する能力あり、又すべての奧義と凡ての知識とに達し、また山を移すほどの大なる信仰ありとも、愛なくば数ふるに足らず。たとひ我わが財産をことごとく施し、又わが体を焼かるる為に付すとも、愛なくば我に益なし。愛は寛容にして慈悲あり。愛は妬まず、愛は誇らず、驕らず、非礼を行はず、己の利を求めず、憤ほらず、人の悪を念はず、不義を喜ばずして、真理の喜ぶところを喜び、凡そ事忍び、おほよそ事信じ、おほよそ事望み、おほよそ事耐ふるなり。愛は長久までも絶ゆることなし。然れど預言は廃れ、異言は止み、知識もまた廃らん。それ我らの知るところ全からず、我らの預言も全からず。全き者の来らん時は全からぬもの廃らん。われ童子の時は語ることも童子のごとく、思ふことも童子の如く、論ずる事も童子の如くなりしが、人と成りては童子のことを棄てたり。今われらは鏡をもて見るごとく見るところ朧なり。然れど、かの時には顏を対せて相見ん。今わが知るところ全からず、然れど、かの時には我が知られたる如く全く知るべし。げに信仰と希望と愛と此の三つの者は限りなく存らん、而して其のうち最も大なるは愛なり。

2014年5月26日月曜日

 先日、ネットで知り合った方々とオフ会をしてきました。
四年ほどの付き合いになる元ひきこもりの友達が、全てを企画してくれたのです。

会場は都内某所の怪しい住居、
10年前に潰れたラーメン屋のようなボロアパートの二階にある部屋の中でした。

その建物の玄関(シャッター)の前に立ったとき、私はこう思いました。
「ああ、〇〇君やっちまったな」って、そして実際に部屋に上がり込んだ時も、
学生運動に加わる学生が被っているようなヘルメットが置いてあって、
正直、こんなところでオフ会、しかも元ひきこもりのオフ会なんてできるんだろうかと思いました。

ところがどっこい、出だしはゆるゆると始まったものの、気づいたら大盛り上がり。
途中、これから片道切符でアメリカへ行くという元ひきこもりの方も参加したりして、
オフ会は楽しく行われました。当初不安だった異様な会場も、
時間が経てばそこが友達の家のように思えて、とてもリラックスすることができました。
スカイプで遠くに住む元ひきこもりのゲスト出演なんかもあって、
みんなで取り留めもなくダラダラと計12時間ほど喋っていました。

こういう集まり、初めての経験でしたけど、とてもよかったです。

2014年3月14日金曜日

晩年近くなって、ゲシェ・チェカワは弟子たちにこんな話をした。彼は長いあいだ地獄界に生まれ変わることを一心に祈り続けてきた。そうすれば、地獄で苦しんでいる衆生を助け導くことができるからだ。ところが不幸にも、、と彼は言った。ちかごろ自分が仏国土のひとつに生まれ変わることを示す実に鮮明な夢を繰り返し見るようになったのだ。彼はひどく意気消沈し、涙を流して弟子たちに訴えた。お願いだから、そうならないように仏たちに祈っておくれ、地獄に行って衆生を救うという悲願を果たさせてくるように、仏たちに祈っておくれ、と。 ソギュル・リンポチェ著『チベットの生と死の書』p.357

2014年3月6日木曜日

お久しぶりです。生きていました。
今年から大学4年生になります。